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横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)1368号 判決 1988年4月27日

原告 松岡合資会社

右代表者無限責任社員 松岡清次郎

右訴訟代理人弁護士 田宮甫

同 堤義成

同 斉喜要

同 鈴木純

同 行方美彦

被告 中野政名

右訴訟代理人弁護士 陶山圭之輔

同 宮代洋一

同 佐伯剛

右訴訟復代理人弁護士 星野秀紀

被告 山本サイ

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 陶山圭之輔

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  原告に対し、

(一) 被告中野政名は、別紙物件目録記載(一)及び(二)の建物を収去して同目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和五七年一一月二日から同六二年三月三一日まで一か月一万八一七〇円、同年四月一日から右明渡し済みまで一か月二万七六五三円の割合による金員を支払え。

(二) 被告山本サイは、別紙物件目録記載(二)の建物の二階部分から、同高木茂は同建物の三階部分から各退去して、同目録記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  原告は、昭和二九年八月一日、被告中野政名(以下「被告中野」という。)に対し、その所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を普通木造建物所有を目的として賃貸し、引き渡した。

2  同被告は、爾来、本件土地に別紙物件目録記載(二)の建物(以下「既存建物」という。)のほか、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建の共同住宅一棟を所有し、本件土地を占有している。

3  その後、右賃貸借契約期間の満了前の昭和四四年四月一一日右契約を更改し、期間を昭和六九年七月三一日までとした。

更に、昭和五七年三月三一日、被告中野が前記共同住宅を建替えるに当たり右契約を合意解約し、新たに契約期間を同年四月一日から二〇年とし、普通木造建物所有を目的とする賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

4  被告中野は、昭和五七年九月三〇日頃、前記共同住宅を取り壊し、別紙物件目録記載(一)の鉄骨造の堅固な建物(以下「本件建物」という。)の建築を始めた。

そこで、原告は同被告に対し、昭和五七年一〇月五日到達の内容証明郵便をもって、普通木造建物を建築するように申し入れた。

5  ところが、被告中野は右申入を無視して堅固な建物の建築を続行したので、原告は重ねて昭和五七年一〇月二二日到達の内容証明郵便をもって右郵便到達後一〇日以内に右建築工事を中止し、建築中の建物を撤去するように申し入れ、これに応じないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

被告中野は、右一〇日間の期限を経過した後も建築工事を続行し、本件建物を完成した。

従って、本件賃貸借契約は昭和五七年一一月二日の経過により解除され、終了した。

6  被告中野のした本件建物の建築は、本件土地の賃借人として原告に対する著しい背信行為である。即ち、

被告中野は、当初から鉄骨造の堅固な建物を建築することを計画し、本件建物の設計を設計事務所に依頼しながら、原告には堅固な建物を建築することを秘匿し、昭和五六年一二月頃から始まった契約更新の交渉において、原告会社担当社員芝本らに対しては「鉄骨の車庫」を一階としその上に木造二階建を乗せると説明し、同五七年三月初旬にはすでに本件建物の設計図面及び工事見積書を入手していたにも拘わらず右設計図面を芝本らに呈示せず、木造建物を建築するかの如く説明して同人らをその旨誤信させ、木造建物としての建替え承諾料を支払って本件賃貸借契約を締結した。被告中野はその後本件建物の建築に着手し、原告の前記申入を無視してこれを完成した。

7  被告山本サイは、既存建物の二階部分を、同高木茂は同建物の三階部分をそれぞれ占有使用し、本件土地を占有している。

8  本件賃貸借契約における賃料は、一か月一万八一七〇円であり、昭和六二年四月一日以降の右賃料は、一か月二万七六五三円が相当である。

よって、原告は被告中野に対し、本件建物及び既存建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和五七年一一月二日から同六二年三月三一日まで一か月一万八一七〇円の、同年四月一日から右明渡し済みまで一か月二万七六五三円の各割合による賃料相当損害金の支払を求め、被告山本サイに対し既存建物の二階部分から、同高木茂に対し同建物の三階部分からそれぞれ退去して本件土地の明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項及び2項は認める。

2  同3項は、合意解約の点を否認し、その余は認める。

3  同4項前段のうち、被告中野が共同住宅を取り壊し本件建物を建築したことは認める。右建物が堅固な建物であることは否認する。同項後段は認める。

4  同5項について、原告主張の内容証明郵便が到達したことは認め、契約解除の効力は争う。

5  同6項は争う。

6  同7項は認める。

7  同8項のうち、本件賃貸借契約の賃料が一か月一万八一七〇円であることは認め、その余は否認する。

三  抗弁

1  被告中野は、原告から本件建物の建築について承諾を得た。

即ち、本件建物の建築について、被告中野は昭和五六年一二月頃から原告会社担当社員芝本らと交渉を開始し、同人らに対し、新たに建築する建物を三階建とし、一階をガレージに、二階及び三階を共同住宅とすること、その構造は鉄骨の柱を六本組み立て、外壁を軽量気泡コンクリートとし簡易な耐火構造とすること、住宅部分の内部は木造とすることなど建物の構造について詳細に説明し、昭和五七年三月末に右建築について承諾を得た。

2  原告の契約解除は権利の乱用である。

(一) 本件建物は鉄骨造ではあるが、鉄骨部分はボルトで接合したもので容易に組立、解体が可能であり、外壁も簡易な耐火構造であって、右工法は現在一般住宅建築にも多く用いられているものであるから、本件建物の建築は賃借地の用途変更にはならない。

(二) 本件土地の所在地は準防火地域に指定されており、本件土地に三階建の建物を建築するときは、耐火構造又は簡易耐火構造としなければならず、このような法令による制限のため本件建物は簡易耐火構造としたものである。

(三) 本件賃貸借契約の締結に際し、被告中野は従前の賃貸借契約による九年の残存期間を放棄し、建替承諾料として四三〇万円を原告に支払った。また、被告中野は昭和二〇年以来本件土地を賃借しているが、本件賃貸借契約の締結に至るまで何ら契約違反行為をしたことがない。

右のような諸事情があるにも拘わらず、原告が本件建物の敷地部分のみでなく、既存建物の敷地部分を含む本件土地全部について契約を解除したのは解除権の乱用である。

3  被告山本は、昭和五九年七月頃被告中野から既存建物の二階部分を、被告高木は、同月頃被告中野から同建物の三階部分を、それぞれ賃借した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項は否認する。被告中野は、芝本らの要請にも拘わらず本件賃貸借契約締結に至るまで設計図面を呈示せず、昭和五七年七月一七日に至って手書きの図面を送付してきたにすぎない。

2  同2項は争う。

(一) 本件建物は鉄骨造であり、鉄骨部分が溶接されていること、鉄骨の柱の肉厚は、一階部分が一二ミリ、二階部分が九ミリ、三階部分が六ミリであり、梁の肉厚は九ないし一三ミリであること、外壁が軽量気泡コンクリート造であること、耐用年数が四〇年であることなどからみて堅固な建物であることは明らかであり、用途変更に該当する。

(二) 本件土地の所在地が準防火地域であることは認める。しかし、準防火地域であっても、耐火構造にすれば木造建物の建築は可能である。

(三) 建替承諾料として四三〇万円を受領したことは認める。木造建物としての建替承諾料である。

3  同3項は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項及び2項の事実は当事者間に争いがない。

二  同3項(本件賃貸借契約の締結)は、合意解約の点を除いて当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、原告と被告中野は、昭和五七年三月三一日、被告中野が本件土地上に所有していた共同住宅を建替えるに際し、従前の賃貸借契約を合意解約し、改めて本件賃貸借契約を締結したことが認められる。

三  同4項(本件建物の建築)について、被告中野が前記共同住宅を取り壊し本件建物を建築したことは当事者間に争いがない。

原告は本件建物が堅固な建物であると主張するので、まずこの点について判断する。

《証拠省略》によると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件建物は、登記簿上鉄骨造スレート葺二階建の共同住宅として被告中野名義で保存登記されているが、一階の下はガレージになっており、外見上三階建の建物に見える。本件建物の構造は、鉄筋コンクリートの基礎に六本の鉄骨の柱(建物の四隅と南北両辺の中間に各一本)を建てて支柱とし、これに一階及び二階の鉄骨の床梁を連結してボルトで締めて骨組を作り、右鉄骨の柱及び梁により住宅部分を支える構造となっている。右六本の鉄骨の柱の肉厚は、階下ガレージ部分が一三ミリ、一階部分が九ミリ、二階部分が六ミリであり、床梁はH型鋼材が使用され、その肉厚は一階部分が一三ミリ、二階部分は九ミリであり、床組は鉄板を使用している。屋根はスレート葺の寄棟であり、外壁は厚さ一〇〇ミリの軽量気泡コンクリート(ALC、木造の場合には厚さ三〇ミリ程度のものが使用される。)である。その他住居部分の内部の柱、床板、根太等は木材が使用されており、鉄骨及び木材混合造の構造である。

本件建物の建築費用は、二九一八万五〇〇〇円余りであるが、そのうち鉄骨工事費は、六二八万五〇〇〇円であり、総工事費用に占める割合は約二二パーセントである。

2  減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)によると、金属造の建物のうち骨格材の肉厚が四ミリを超える住宅用建物の耐用年数は四〇年とされており、鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄筋コンクリート造の住宅のそれは六〇年、木造の住宅のそれは二四年とそれぞれ定められている。

以上の事実によると、本件建物は、鋼材を使用している点において木造建物に比較して堅牢であり耐久性があることは明らかであるが、鉄筋コンクリート造、鉄骨コンクリート造に比較するとその堅牢性、耐久性はかなり劣るものと推認されるところ、本件建物において鋼材の使用されている割合、鉄骨部分の連結がボルト締めであって解体が比較的容易であること、今日、一般住宅建築においても建築材料が多種に及び木造住宅に鉄骨の梁を使用することもあり、その建築工法も多様化している状況等に鑑みると、本件建物をもって借地法二条にいう堅牢な建物に該当するものということはできない。

四  原告は、本件賃貸借契約は普通木造建物の所有を目的とするものであるから、本件建物の建築は用法違反であると主張し、被告中野は、本件建物の建築について原告の承諾を得たと抗争する。

《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  本件建物の建築について、被告中野は昭和五六年一二月頃から原告会社担当社員芝本方雄及び丹野誠と交渉を始め、同人らに対し新たに建築する建物を三階建とし(当時被告中野も芝本らも本件建物は三階建であると認識していた。)、一階をガレージに、二階及び三階部分を共同住宅とすること、その構造について鉄骨の柱を六本組み立て、外壁を軽量気泡コンクリートとし耐火構造とすること、住宅部分の内部は木造とすることなどを説明した。これに対し、芝本らは鉄骨の柱を組み立ててガレージ部分のみ鉄骨造とし、ガレージの上に木造二階建の住宅を建て、その外壁は軽量気泡コンクリートとするものであると理解し、その建築を承諾した。その間に昭和五七年三月初旬頃被告中野は本件建物の設計図面を入手していたが、これを芝本らに呈示しなかった。

2  芝本らは、右構造の建物が普通木造建物であるか否か疑問もあったが、住宅部分が木造であるとの説明であり、原告会社はその賃貸土地のすべてについて木造建物の所有を目的とする賃貸借契約を締結していたので、本件賃貸借契約においても普通木造建物の所有を目的とする旨を記載した契約書を作成し、同旨の土地使用承諾書を被告中野に交付した。

3  本件土地の所在地周辺地区が都市計画法上準防火地域に指定されていることは当事者間に争いがなく、被告中野は建築を依頼した大木道雄から準防火地域であるから三階建は耐火構造でないと許可されないとの説明を受けた(本件建物は二階建であるから、建築基準法により防火構造による木造建物の建築が可能である。)。

4  芝本らと被告中野との右交渉においては、建て替える建物の構造のみでなく、同時に賃貸借契約の更新料についても折衝が重ねられ、被告中野は、従前の契約期間が昭和六九年三月三一日まであるのでその残存期間一二年を考慮し、新契約期間を三〇年とし、原告の主張する後記更新料の減額を主張したのに対し、芝本らは、更新料として五八〇万円余(坪当たり一〇万円)を要求したが、結局、新契約の期間を二〇年とし、更新料を四三〇万円とすることで合意に達した(被告中野が右更新料四三〇万円を支払ったことは当事者間に争いがない。)。

5  右のとおり、建て替える建物の構造について両者の認識に齟齬があったが、被告中野は本件建物の建築について原告の承諾を得たものとして、昭和五七年六月本件建物の建築に着手したところ、同年九月に至り、建築工事状況をみた芝本らは住宅部分まで鉄骨の柱となっていることを知り、被告中野に対し契約に違反する旨を告げるとともに更新料の増額支払を要求し、同被告はこれを了承した。

(その後、同年一〇月二日、原告が建築工事の中止を申し入れたことは当事者間に争いがない。)

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によると、本件賃貸借契約の締結に際して作成された契約書には普通木造建物の所有を目的とする旨記載されているものの、原告は、被告中野が新たに建築する建物としてガレージ部分を鉄骨造とし、ガレージの上に建てる住宅の外壁を軽量気泡コンクリートとする建物の建築を承認したものと認められる。

右によると、本件建物は、原告が建築を承認したものと同一の構造ではないが、その基本構造の相違はそれほど大きいものではなく、原告としても一部鉄骨造の建物の建築を承認している以上本件建物の建築をもって直ちに用法違反とすることは困難であるといわなければならない。

五  原告は、被告中野のした本件建物の建築は、賃借人として原告に対する著しい背信行為であると主張する。

既に見たとおり、本件建物の構造について被告中野は芝本らに対し十分な説明をしたものとはいえず、設計図面を呈示しなかったことも認められるが、同被告は、全部木造の建物を建築すると称して本件建物を建築したのではなく、鉄骨の柱を使用した構造であることは説明しており、芝本らも一部鉄骨を使用することを了知してこれを承認した経緯があること、加えて、被告中野は昭和二〇年来原告から本件土地を賃借しているが、その間格別の契約違反行為が認められないこと、本件賃貸借契約は従前の契約の残存期間一二年を放棄したうえ新契約の期間を二〇年としたこと、本件建物の工事中にも被告中野と芝本らとの間で更新料の増額について更に交渉が続けられたことなどの諸事情を合わせ考慮すると、本件建物の建築が原告との信頼関係を破壊するほどの背信行為であるということはできない。

六  以上のとおり、原告の主張する本件賃貸借契約解除の理由はいずれもこれを認めることができないから、原告の被告中野に対する請求は失当というほかはない。

七  請求原因7項及び抗弁3項はいずれも当事者間に争いがなく、右事実及び上記認定事実によると、原告の被告山本及び同高木に対する各請求は理由がない。

八  以上の次第で、原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蘒原猛)

<以下省略>

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